オイラ的充実読書ログ。

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筒井康隆の小説感想11冊目 『筒井順慶』

筒井順慶

 

筒井順慶
歴史上の人物「筒井順慶」の小説を書くことになった著者が、いつものドタバタを交え、筒井康隆節の効いた筒井順慶歴史小説をを描く様を描く。
歴史小説と銘打ってるからか、ところどころ啖呵を切るセリフが入っていて、気持ちがいい。
それにエキセントリックな女と、打算的な移ろいやすい女と二人出てくるのも、オイラを色めき立たせる。ドタバタも混じり、展開がどっちに行くのかわからないところも気持ちが浮いて楽しい。
大オチは、さながら映画のよう。
エンターテイメントに寄った一作。


『あらえっさっさ』
おおよそあるであろう芸能関係の裏の部分を軽妙に描いた話。
芸能記者の慰労会。乱痴気騒ぎを極めたそのパーティのなかで本部長は、女性タレントの「ヴォイス」と呼ばれる歌の吹き替え役の女が辞めたいというのを宥めに行く。そこで話した内容に罪悪感を感じたり、それでもまた現れるトラブルをこなそうとしたり。
芸能界という世界で踊り踊らせる。欲と権力の渦の中では立ち止まることはない。

おおよそあるであろうことを想像を虚実交えて書いているのたろうなあ、という印象。
一般的には定期的に下半身丸出しになってまで得たいものがある会社員には会えないと思うし、殺し屋なんてさらに会えないと思うが、広い人間社会なのでそれはあるのかもしれない。
そこに身を置くと、麻薬的に次から次へ欲し、抜け出せる保証はないだろうな。


『晋金太郎』
人殺しが有名になるために立てこもり、それをエサに自分をPRする話。
このころ、マスコミが連続殺人犯を記事にしたのが多かったのか。そんなことは通常ないだろうと思うが、この話で、殺人犯が有名になるためにさらに犯罪と演技を重ねるという、人情がない設定がなされている。
この作品では、マスコミが記事にするのなら有名になるために殺人を犯しかねない、という批判をやってのけている。
得を追うために何でもやっていいわけじゃない、と心にそれを結び付けられるような話だった。


『新宿祭』
学生運動がレジャーとして楽しまれる話。
そのレジャーには死をも厭わない、異常な感覚で、学生を会社組織が用意する、電車を燃やすなど、過激な暴動運動が作られ、ドタバタが展開する。
まあ、ニュース見てて、どこかの国が戦争したり暴動したりしていても、心の何割かは「自分の周りでなくて良かった」また何割かは周りでない珍しいことにエンターテイメント性を感じてしまったりする。もしかすると何割かの、平和を願う気持ちは、エンターテイメント性の延長なのかもしれない。